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ゲールツの墓参

港の見える丘公園に続く道からゲートをくぐり墓地内に入る。入口の広場からすぐ右に緩やかな坂を20mほど下った右手にゲールツの墓がある。花を捧げ、墓石に水をかけて合掌した。西洋人の作法がわからないので、日本式というか、仏教式のお参りになってしまう。十字架やキリスト教式の棺、石碑、マリア像などさまざまな形をした墓石の陰で野良猫が寝そべっていた。




wikiより
アントン・ヨハネス・コルネリス・ゲールツ(Anton Johannes Cornelis Geerts、1843年3月20日-1883年8月15日)は、オランダの薬学者。日本薬局方の草案を起草するなど近代日本の薬事行政、保健衛生の発展に貢献した。なお、ゲールツはドイツ語読みであり、オランダ語読みではヘールツ

ゲールツは明治19年(1886年)の初版「日本薬局方」の公布を待たず、1883年8月15日横浜の地で腸チフスにより急逝する。現在、横浜外国人墓地にきわ夫人とともに眠っており、墓碑を神奈川県薬剤師会が管理している。